○GODZILLA.○台風一過。やはりというかとうぜんのように、熱気が[ カテゴリ未分類 ] ○台風一過。やはりというかとうぜんのように、熱気が 本土を襲撃している。台風来襲前夜の圧殺されるような 陰湿さに滅入っていた感覚から逆転。これが日本の風土 なのかもしれない。変転・過激・・・という変容の数々。 これが体質。これが気質。この感覚。というものの総体 がこの国の文化の基底をなしている。といってもあなが ちまちがいではない。というのも、ここに存在するのは 圧倒的な自然なのだ。言語を絶する境地という不可解を 許容する精神風土は異様(質)なものだ。人間・意識・存 在・行動・というフレーム設定自体が異なっている。こ こあたりを意識したのが、九鬼周三や和辻哲郎というこ とになっている。西欧哲学から<傾斜>し、自然、日本へ と<傾斜>することは、特異(殊)性を強調する下地のもの になる。この<傾斜>を冷ややかに見、論理の構築を試行 したのも<戦前の思想>なのだ。 ○たとえば、南方熊楠、(粘菌研究・鎮守の森擁護・柳田国男) たとえば、宮沢賢治、(農業指導、法華経、花巻、春と修羅、) たとえば、寺田寅彦。(夏目漱石、随筆、科学者、・・・・) というような人物が、科学技術の合理性を認識していな がらも、時代の流れに乗らないことで、その潮流に巻き 込まれないで後年に残った、とさえ言えるかも知れない のだ。時代というものは残酷なものだ。存在そのものを 変質させてしまうからだ。 ○それにしても気分転換に台風ほど便利なものもないのか も知れない。わたしはこの「台風」とビキニ環礁の被爆か ら生まれた<・GODZILA・>(スペルが違うかも知れないが、) とを重ね合わせている。これだけの「怪獣」を創りあげる パワーは尊重したいと思う。福竜丸事件・南島回帰・そ してそれらを劇的に結合させるのが、<・GODZILLA=台風> なのだ。この回路を解いたものを、まだ知らない。広島 長崎という<巨大な墓穴=空洞>のながれにある、ビキニ環 礁。それらの壮大なドラマトゥルギーを。 ○訂正しておいた。訂正でいいのかなのだが。たぶんこ のスペル、<・GODZILLA・> を発明したのは、日本人ではな いのではないか。[GOD=ZILLA]という感覚、 GODにまでする感覚はないだろうということだ。○とい うのも、「南方」に関しては憚られる事情がある。誰もが知 る太平洋戦争(別称、大東亜戦争)の展開が、そのまま「南 方」の諸島に分散している。たとえば、瀬島隆三と司馬遼 太郎との対談で、司馬が瀬島に聞くくだりがある。「南方 展開は、戦略上愚策ではないか」と。それに対する瀬島の 応えは、「先生、そりゃあひどい」というものだ。物量的に 劣る「敵勢力」に対して、展開するエリアをほとんど無制限 的に拡散させた。それが、戦略的にも「愚策」であり、戦術 の根拠すら失うものなのだ。だれもがそう思いながら、だ れも問わない。それが日本的なものだ。 ジャンル別一覧
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